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軌道 (力学系)

ある初期条件を通り、系の時間発展のルールに従って定まる状態の集合
曖昧さ回避 「軌道 (力学)」とは異なります。

力学系における軌道(きどう)とは、ある初期条件を通り、系の時間発展のルールに従って定まる状態の集合である。幾何学的には軌道は、離散力学系では相空間上の点列、連続力学系では相空間上の曲線となる[1]。より一般的には、群作用から定まる軌道と同義である[2]。軌道の性質を調べることが、力学系という分野の主な関心の一つである[3]。

目次

  • 1 定義
    • 1.1 離散力学系
    • 1.2 連続力学系
  • 2 特殊な軌道
  • 3 出典

定義編集

離散力学系編集

 
二次元離散力学系の軌道の例。実部が正の複素固有値を持つ線形系で、渦状源点型の軌道すなわち回転しながら原点から離れていく軌道を取る。軌道は相平面上の点列となる(点をつなぐ矢印は補助のために示されている)。

独立変数を t とし、m 個の従属変数を (x1, x2, …, xm)⊤ = X と表す。力学系では独立変数 t を時間と呼ぶ。X の空間を相空間と呼び、m-次元実数空間 Rm ∋ X とする。時間を離散的として扱う場合 t ∈ Z であり、離散力学系と呼ばれる。離散力学系では時間を n などで表す。離散力学系を定める写像 f(X) が与えられているとき、ある点 X ∈ Rm に f を繰り返し適用することで、

X ,   f ( X ) ,   f 2 ( X ) ,   f 3 ( X ) , … ,   f n ( X ) , … {\displaystyle X,\ f(X),\ f^{2}(X),\ f^{3}(X),\dotsc ,\ f^{n}(X),\dotsc }  

という数列が得られる。この集合を離散力学系の軌道と呼ぶ。ここで fn は f を n 回適用することを意味し、m = 3 であれば、f3 = f(f(f(X))) である[4][5]。幾何学的にみれば、離散力学系の軌道は相空間上の点列として描かれる[1]。

最初に与える点 X を特に初期条件や初期値と呼び、X0 で表す。X0 から始まる軌道を O(X0) で表す。上記のように、X0に写像 f を繰り返し適用することで軌道が得られる。正確にはこれは時間を非負整数に取ったもので前方軌道または正の半軌道と呼ばれ、

O + ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = f n ( X 0 ) ,   n = 0 , 1 , 2 , … } {\displaystyle O_{+}(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=f^{n}(X_{0}),\ n=0,1,2,\dotsc \}}  

で与えられるものである。f が同相写像で逆写像 f−1 が定義できるのであれば、時間を反転させた後方軌道または負の半軌道

O − ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = f n ( X 0 ) ,   n = 0 , − 1 , − 2 , … } {\displaystyle O_{-}(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=f^{n}(X_{0}),\ n=0,-1,-2,\dotsc \}}  

が与えられる。さらに、前方軌道と後方軌道を足し合わせた集合

O ( X 0 ) = O + ( X 0 ) ∪ O − ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = f n ( X 0 ) ,   n ∈ Z } {\displaystyle O(X_{0})=O_{+}(X_{0})\cup O_{-}(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=f^{n}(X_{0}),\ n\in \mathbb {Z} \}}  

を全軌道や単に軌道と呼び、O(X0) は n = 0 で X0 を通る軌道を意味する[6][5][7]。

物理的には、前方軌道が未来に向かって時間が進むときの軌道であり、後方軌道が過去に向かって時間が戻るときの軌道といえる。f の逆写像が定義できないときは、後方軌道を一意に決めることができない[7]。

連続力学系編集

 
二次元連続力学系の軌道の例。実部が正の複素固有値を持つ線形系で、渦状源点型の軌道すなわち回転しながら原点から離れていく軌道を取る。軌道は相平面上の曲線となる。

時間を連続的に扱う場合は t ∈ R であり、連続力学系と呼ばれる。連続力学系を定める常微分方程式系

{ d x 1 d t = f 1 ( x 1 ,   x 2 , . . .   x m ) d x 2 d t = f 2 ( x 1 ,   x 2 , . . .   x m ) ⋮ d x m d t = f m ( x 1 ,   x 2 , . . .   x m ) {\displaystyle {\begin{cases}{\frac {dx_{1}}{dt}}=f_{1}(x_{1},\ x_{2},...\ x_{m})\\{\frac {dx_{2}}{dt}}=f_{2}(x_{1},\ x_{2},...\ x_{m})\\\vdots \\{\frac {dx_{m}}{dt}}=f_{m}(x_{1},\ x_{2},...\ x_{m})\end{cases}}}  

を

d X d t = F ( X ) {\displaystyle {\frac {dX}{dt}}=F(X)}  

と表す。初期条件 (t = 0, X = X0) に対する解を X(t, X0) と表す。与えられた常微分方程式系の解が存在する時間領域を I とする。連続力学系の軌道とは、

O ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = X ( t ,   X 0 ) ,   t ∈ I } {\displaystyle O(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=X(t,\ X_{0}),\ t\in I\}}  

で定義される集合である[4]。幾何学的にみれば、連続力学系の軌道は相空間上の曲線として描かれる[1]。与えられた常微分方程式系の解の一意性が満たされており、なおかつ常微分方程式系が自励系であれば、異なる2つの軌道が相空間上で交わることはない[8]。

簡単のために I = (−∞, ∞) とすれば、連続力学系の正の半軌道は、

O + ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = X ( t ,   X 0 ) ,   0 ≤ t < ∞ } {\displaystyle O_{+}(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=X(t,\ X_{0}),\ 0\leq t<\infty \}}  

であり、負の半軌道は、

O − ( X 0 ) = { X ∈ R m ∣ X = X ( t ,   X 0 ) ,   − ∞ < t ≤ 0 } {\displaystyle O_{-}(X_{0})=\{X\in \mathbb {R} ^{m}\mid X=X(t,\ X_{0}),\ -\infty <t\leq 0\}}  

である。離散力学系と同様に O(X0) = O+(X0) ∪ O−(X0) を全軌道あるいは単に軌道と呼ぶ[9]。F が局所リプシッツ連続であれば、F と向きも含めて同じ軌道を持ち、かつ I = (−∞, ∞) である力学系を生成できる[10]。

特殊な軌道編集

 
単純なバネ-マス系の運動を速度と変位の相平面に落とし込むと、その軌道は円形・楕円形の周期軌道となる。
 
ホモクリニック軌道は平衡点から出て同じ平衡点へ戻る。

連続力学系で F(X) = 0 を満たす点 X を平衡点と呼ぶ。自励系の1-次元実数空間の軌道は、平衡点そのもの、平衡点に漸近する軌道、無限大へ発散する軌道の3種類である[11]。2-次元実数空間であれば、ある p > 0 に対して

X ( t ) = X ( t + p ) {\displaystyle X(t)=X(t+p)}  

を満たす解が存在し得る。このような解による軌道を周期軌道と呼ぶ。平衡点であれば任意の p に対して上式を満たすので、周期軌道といえば平衡点を除いて指す。p の最小値を周期と呼ぶ。周期軌道は相空間上で単純閉曲線となる。2-次元自励系の相空間の軌道は、1-次元実数空間の3種類に加えて、周期軌道そのもの、周期軌道に漸近する軌道の2種類がある[12]。

離散力学系でも f(X) = X を満たす点を不動点と呼ぶ。さらに

f p ( X ) = X {\displaystyle f^{p}(X)=X}  

を満たす最小の p を周期、このような X からの軌道を周期軌道と呼ぶ[13]。点 X は周期点と呼ばれる[6]。

他の特殊な軌道としては、ホモクリニック軌道と呼ばれるある平衡点から出て同じ平衡点へ戻る軌道、ヘテロクリニック軌道と呼ばれるある平衡点から出て別の平衡点へ到達する軌道がある[11]。

出典編集

  1. ^ a b c Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1 pp. 144–145
  2. ^ 荒井 迅 (2009年). “はじめに・力学系の歴史と動機”. JSTさきがけ数学塾. 科学技術振興機構. pp. 1–2. 2018年11月5日閲覧。
  3. ^ 久保 泉・矢野 公一、2018、『力学系』オンデマンド版、岩波書店 ISBN 978-4-00-730742-3 p. 166
  4. ^ a b S. ウィギンス、シュプリンガー・ジャパン(編)、丹羽 敏雄(監訳)、今井 桂子・田中 茂・水谷 正大・森 真(訳)、2013、『非線形の力学系とカオス』新装版、丸善出版 ISBN 978-4-621-06435-1 pp. 1–4
  5. ^ a b 小室 元政、2005、『基礎からの力学系:分岐解析からカオス的遍歴へ』新版、サイエンス社〈SGC BOOKS〉 ISBN 4-7819-1118-8 pp. 22–23
  6. ^ a b Robert L. Devaney、國府 寛司・石井 豊 ・新居 俊作・木坂 正史(新訂版訳)、後藤 憲一(訳)、2003、『カオス力学系入門』新訂版、共立出版 ISBN 4-320-01705-6 pp. 15–16
  7. ^ a b 川上 博、1990、『カオスCGコレクション』初版、サイエンス社〈Information & Computing 48〉 ISBN 978-4-7819-0591-4 pp. 138–145
  8. ^ 松葉 育雄、2011、『力学系カオス』第1版、森北出版 ISBN 978-4-627-15451-3 pp. 24–26
  9. ^ 郡 宏・森田 善久、2011、『生物リズムと力学系』初版、共立出版〈シリーズ・現象を解明する数学〉 ISBN 978-4-320-11000-7 pp. 42, 52
  10. ^ 今 隆助・竹内 康博、2018、『常微分方程式とロトカ・ヴォルテラ方程式』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-11348-0 pp. 144–148
  11. ^ a b Steven H. Strogatz、田中 久陽・中尾 裕也・千葉 逸人(訳)、2015、『ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで』、丸善出版 ISBN 978-4-621-08580-6 pp. 32–33, 178, 182
  12. ^ K. T. アリグッド・T. D. サウアー・J. A. ヨーク、シュプリンガー・ジャパン(編)、津田 一郎(監訳)、星野 高志・阿部 巨仁・黒田 拓・松本 和宏(訳)、2012、『カオス 第2巻 力学系入門』、丸善出版 ISBN 978-4-621-06279-1 pp. 142–149
  13. ^ K. T. アリグッド・T. D. サウアー・J. A. ヨーク、シュプリンガー・ジャパン(編)、津田 一郎(監訳)、星野 高志・阿部 巨仁・黒田 拓・松本 和宏(訳)、2012、『カオス 第1巻 力学系入門』、丸善出版 ISBN 978-4-621-06223-4 pp. 5, 14
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